2011年6月20日月曜日

伊高浩昭の読書日記(No.3)

イタリア「ネオレアリズモ」文学とスペイン内戦

    イタリアには、1940年代初めから20年余り、文学上の「ネオレアリズモ」の時代があった。エーリオ・ヴィットリーニの『シチリアでの会話』(1941年3月)と、チェーザレ・パヴェーゼの『故郷』(同年5月)が、その潮流の初期の時代の双璧とされる。私はスペイン内戦を題材にした文学を読みあさるうちに『シチリアでの会話』にたどりつき、さらに『故郷』まで読み進んだ。

    『シチリアでの会話』(2005年、岩波文庫)は本文300ページ、解説120ページで、解説の重みが際立っている。それもそのはず、作品の全編が巧妙かつ難解で厚い隠喩(暗喩)で覆われており、作品の時代と異なる時代に生きる大方の異邦人には、一読しただけでは、作者の真に意図するところがわからないのだ。私もそうだった。

    ヴィットリーニは、ムッソリーニ率いるファシズム独裁下で、この物語を書いた。その大きな動機は、1936年に近隣のスペインで勃発した内戦だった。この内戦はイタリア人にファシズムの実態を知らしめ、反ファシズム闘争の在り方を強烈に印象付けた。ファシスト党に入党していたヴィットリーニは、スペイン内戦を教訓として、反ファシズムに生まれ変わるのだった。

    作者は、厳しい検閲の網をかいくぐり、発禁処分すれすれのところで、文章技術を駆使して、この作品をものにした。だから、ほぼ全文が<暗喩の仮面>に隠されたのだ。一読後、訳者の鷲平京子の書いた深く読みごたえのある解説を読み、再度、作品を読み直す。こうして理解に到達する。

    『故郷』(河島英昭訳、2003年、岩波文庫)のパヴェーゼもファシスト党に入党したが、後に除名される。パヴェーゼはペンの力で、ファシズム体制に揺さぶりをかけようとした。スペイン内戦はネオレアリズモの作家たちを通じて、イタリア・レジスタンス運動(1943~45)に少なからぬ影響を及ぼしたのだ。

    私は1972~74年のペロン・アルゼンチン政権復活期にペロンを取材し、ペロンがムッソリーニから受け継いだファシズムの「第三の道」論を依然堅持しているのを確認した。そしてペロンは、1950年代に政権を追われてから70年代前半に復権して死ぬまで、スペイン内戦で勝ちファシズム体制を敷いたフランシスコ・フランコ総統のスペインで、長らく安楽な亡命生活を送っていた。

    イタリアにネオレアリズモは生まれたが、ナチス時代のドイツと天皇制軍民全体主義の日本に「ネオレアリズモ」のような潮流があったとは聞いたことがない。ヒトラーや、日本の集団的独裁と異なり、どこか滑稽で抜けたところのあったムッソリーニのイタリア故に、ネオレアリズモが生まれる隙間があったのだろうか。

2011年6月20日、伊高浩昭

追加情報
この記事の本は、立教大学の下記の図書館で貸し出し可能です。
1)エーリオ・ヴィットリーニの『シチリアでの会話』(岩波書店、2005)岩波文庫、図書館本館閲覧室
2)チェーザレ・パヴェーゼの『故郷』(岩波書店、2003)岩波文庫、図書館本館閲覧室