2011年4月6日水曜日

波路はるかに~伊高先生の船上便り(18)

長方形の枠組みの上部に「FUKUSHIMA」の大きな文字。中央に「怪獣中の怪獣ゴジラ」がものすごい形相で放射能を日本社会に浴びせて破壊をほしいままにしている。そんな世相漫画が外国で流れている。日本人なら、発想することはできても、書き表すことは難しい内容だろう。


ラ米研の開講日が5月になったため、私は当初のコーチン(インド西南部)下船・帰国という予定を変更し、横浜まで乗船し続けることになった。3月11日以降の日本の歴史的な悲劇の日々にアフリカ北部、地中海、紅海、インド洋に居た私は、おそらく終生、「そのとき東京(日本)に居なかった」ことに後ろめたい思いを抱き続けることだろう。だが、修羅場に居られなかった以上、「負い目を負う」だけにとどまることなく、この際、ピースボートによる世界一周航海を完成させ、世界観を新たにしてから帰国するのがよいと考えた。今航海が私にとって、最初で最後の世界一周の機会でもあるからだ。

トルコからインドまで乗船した船上講師仲間に、著名なMC(マスター・オブ・セレモニー、ラップミュージックを作り演じる人=ラッパー)のKダブシャイン(各務貢太)が居た。40代前半の日本人ナイスガイで、船客たち、とりわけ若い層を大いに湧かせた。私は、彼の東京での大地震体験報告を聴き、彼のラップの詩を「現代社会を告発する優れたジャーナリズム」だと捉えた。そこで「ラップとジャーナリズム」という1時間の講座を彼と共催し、音楽芸術、ジャーナリズム、破壊と創造、メディアの堕落、大震災・原発大事故後の状況にどう対応すべきか、などについて語り合った。熟年層と青年層の両方からかなりの反響があった。普段なかなか接触する機会のない職業や独特の生き方をしている人々との「合作」は、実りがあるものだ。

PBオセアニック号は昨日正午、インド南端とスリランカ南端を通過し、マラッカ海峡入り口に向かって真東に航行している。日本との時差も3時間に縮まっている。インド洋は依然穏やかで、波はほとんどない。波がないから、イルカが出てこない。

2011年4月5日、インド洋上にて

伊高浩昭