2011年4月4日月曜日

波路はるかに~伊高先生の船上便り(16)

 船は静かなインド洋を航行している。ここで、遣り残していた宿題を片付けねばならない。2月28日、カリブ海はトゥリニダードトバゴ(TT)の首都ポートオブスペインに寄港した折、ラ米研元受講生・安間美香さんのはからいで日本大使館を訪れ、岩田達明大使にインタビューした。その内容をお伝えする約束をしたまま果たしていなかった。モロッコ、リビア、エジプト、サウディアラビアのアラブ4カ国への寄港を前にして、準備で大童だったからだ。特にリビア情勢は風雲急を告げていて、連日、情報収集に追われていた。内戦状態になったため結局はトリポリ寄港は取り止めとなり、リビア市民との交流やローマ帝国時代の大遺跡訪問の夢も消えた。いま、海賊が出没する危険海域を離れ、取材メモをまとめる時間が出来た。以下は、質疑応答での大使発言の趣旨をまとめたもの。

 TTは石油が出る豊かな国だが、富が偏在している。人口は130万人。自給自足が可能。教育も医療も無料だが、教育の普遍性が欠けている。貧困層には子供たちに教育を十分に施すと言う発想があまりなく、教育の機会均等はあるが普及性が不十分で、貧困家庭の子弟は社会上昇がしにくい。

 米国文化の存在は映画をはじめ圧倒的。音楽はパン(スティールドラム)、ソカ、カリプソなどがあり、それが(特にアフリカ系の)アイデンティティー(認同)になっている。トバゴ島はアフリカ系住民が多く、美しい海浜が売り物の観光地。国の人口の40%を占めるインド系は経済面にひろく進出している。

 宗教はヒンズー教、英国教会、新教、米国諸教会など。多民族社会が認同を形成する過程に依然ある。宗主国が西国から英国に移ったため、認同があいまい、ということが言える。華人系住民は人口の7ないし8%で、カナダなどから移ってきた者もいる。アフリカ系は政治、軍部、官僚、音楽などに進出している。概して国民性は控えめだが、この点は英国譲りか。教育を受けた者は、社会上昇のため勤勉だ。

 独特な「TT英語」がある。たとえば「アイ・アム」と言うべきところを、「アイ・イズ」と言ったりする。「アスク(訊ねる)」を「アクス」と言うこともある。パトワ語も混ざりこんでいる。

 最大の社会問題は治安。石油は出続けているが、ブームは過去のものだ。景気が翳っていたところにコロンビアのコカインが隣国ベネズエラ経由で入ってきた。麻薬の大市場・米国への中継地になったのだ。失業率は8%程度。凶悪犯罪(02年から10年まで3335人殺害さる)も近年目立っており、絞首刑復活について国会が審議している。9月から1月までの雨季には洪水がある。

 外交は(全方位外交ということを考えれば)視野は限られている。米国第一主義。次は英国、欧州、インド、カナダというところ。中国のプレゼンス(存在)はまだまだ。TTはかつてカリコム(カリブ共同体・共同市場)の盟主の座をジャマイカと争っていたが、今日ではベネズエラとキューバが主導するALBA(米州ボリバリアーナ同盟)が圧倒的な存在感を発揮している。TTのメディアはベネズエラのことをほとんど報じない。(海底の天然ガス田開発で、ベネズエラに譲歩して、交渉をまとめた。)

 近隣では、カリブ海の英連邦系島嶼国家群のなかでは、バルバドスが民度が高い。英国流だ。自立できる。グレナダ、サンヴィセンテグラナディーンとは一定の関係がある。ALBA加盟の島嶼3カ国については、冷ややかに見ている。ALBAの援助能力が強いため「仕方ない」と受け止めているようだ。

 在留邦人は60人ぐらい。年間訪問者は500人ないし600人。(この日ピースボート乗船の750人が一度に訪問し、今年の訪問者数が例年の倍以上となるのは疑いない。)日本とTTは互いに相手国を知らなさすぎる。日本企業にとっては、TTがカリコムへの玄関口だ。富士通が進出企業としては存在感がある。発電面は日本企業が4分の1を占有しているが、今後、発電以外でも油化、廃棄物処理などの分野が投資先としては有望だろう。

(今夏、日本の大型経済使節団がTTを訪問する可能性があったが、東日本大地震・原発事故の影響で、見送られたという。)

2011年4月1日
インド洋上にて   伊高浩昭

(今夏、日本の大型経済使節団がTTを訪問する可能性があったが、東日本大地震・原発事故の影響で、見送られたという。)


2011年4月1日 インド洋上にて 伊高浩昭